お知らせ
ご家族の心配

ご家族の心配に医療関係者はどう対応すればいいのでしょう。
例えば「もううちの夫は亡くなるのではないかと思って心配しています」とおっしゃる方がいたとき、看護師や医師のみなさんはどうお答えされますか?「そんなことないですよ。元気じゃないですか。」とおっしゃいますか?あるいは「そうですね。そう長くはないと思いますね」とおっしゃいますか?
受け手から考えてみると「心配です」と言っているのに「そんなことない」と否定され、心配を大げさと却下されて、「心配はないのか・・」と一時的には安心しても、ずっと見ているとやはりいつもとは違う様子にまた不安になるのではないでしょうか。あるいは「長くはない」と肯定された場合、自分でもそうかと思っていたけど専門職に断言されてしまって「もう亡くなってしまうのだ」と落ち込んでしまったり「亡くなったらどうしたらいいのだろう」と不安が高まったりするのではないでしょうか。
否定しても肯定しても家族の不安はぬぐえず、むしろ不安が高まるとなれば、医療職はどうすればいいのだ、となってしまいます。
この時の答えとして私が考えているのは「答えない」です。答えるのではなく、「まず、聴く」です。
重要なポイントの一つは「きちんと聴く体制ですよ」と場のセッティングをすることです。「今、奥さんが『このまま亡くなってしまうかも』っておっしゃったけど、そのご心配について、もう少しお話を続けてもいいですか?」と悪い知らせを伝えるときのSPIKESのI(invitation どこまで話を聞きたいかの確認、相手の許可を得る)を大切にして「単なる立ち話ではなく、きちんとお話を聞く体制です」と、これまでの立ち話と区切りをつけて大切なお話をする準備をしてからお話をするのは重要ポイントです。
そしてご家族の心配についてお聞きして、それを「なるほど、奥さんはこういうご様子をみると、心配になるんですね。そしてこんなこともあったのが、いつもと違うと感じて・・・・・・ということなんですね。」と「まとめて反復」をします。このまとめて反復をすることで聞き流されたのではなくちゃんと聴いてもらえている、受け止めてもらえていると相手に感じてもらえるのです。
- 家族の心配と医療者の認識が同等である場合
「私も奥さんと同じ心配をもっています。」と、思いが同じことを示します。そして、実際に亡くなってしまわれたらどのようにすればいいと考えておられるか、ほかにどんな心配を感じているかなどを聴き、「これは心の避難訓練なのです。しっかりと奥さんは緊急時の行動ができそうだなと安心しました」とお伝えします。すると、ご家族は「亡くなってしまうかも」という懸念の中でも「どうしたらいいんだろう」が「こうしたらいいんだな」に変わると思われます。
- 家族の心配と医療者の認識が異なっている場合-病状は実際には軽い時
懸念が的外れである場合は「私の考えでは奥さんのご心配とはまたちがう思いを持っています。」と伝えます。良い方向に医療者が思っている場合は「奥さんの心配については一般的にみられる症状なのであまり心配はしていません。この症状は命にかかわる症状ではないなというのが一般的な医療的な見解です。ただ、一番身近で見ている方が心配されるような様子だということは心に留めておきますね。」と「心に留めておく」という「相手に近い位置にいるように心がける」という一番伝えたいメッセージを最後に置くようにして懸念が的外れであると伝えます。
- 家族の心配と医療者の認識が異なっている場合-病状は実際には重い時
ご家族の心配はあったとしても、それ以上の大きな懸念を医療者が抱いている場合には(その場合には家族から持ち出される前に医療者が先に切り出すべきだとは思いますけども)、「私の考えでは奥さんの考えていることよりももう少し大きな心配をしてます。ちょっと驚かれるようなお話になりますが、続けていいでしょうか?」とこれもまたinvitation(どこまで話を聞く準備があるかを尋ねる、相手の許可を得る)をしっかりしてからお話をします。たとえば「患者さんは肝臓の転移がありますよね。この肝転移が大きくなっていて、肝破裂するのではと心配しています。ちょっと驚かれたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。」と相手の反応をみながら「それでもし実際に肝破裂をした場合は・・・・」などのお話を続けることになります。お話の本体は悪い知らせです。したがって必ずするべきことは「この悪い知らせを聞くことにメリットがあること」を伝えることと「支援の約束」です。
悪い知らせを聞くメリットは「心の避難訓練」になるということです。この悪い知らせを聞かない状態でそのことが実際に起こったら、パニックになってしまい冷静に行動できなくなり、様々なことが起きた後の心の傷が深くなります。ですから悪い予想を聞いておいていただくことは心の避難訓練として大切なことだということを伝えます。
また、「支援の約束」なき悪い知らせの伝達は単なる「呪いの予言」にしかなりません。かならず支援の約束が必要です。たとえば肝破裂の場合であれば「救急搬送をしても救命は困難ですが、できることは鎮痛なのです。そのための鎮痛のお薬を用意しておきましょう。もしもその時が来たら『持っているお薬を痛みが取れるまで使いましょう』とご家族に指示を出す予定です。こんな指示、あらかじめ聞いておかないと『え?全部使うの?大丈夫?』って心配になって実行できないと思うのです。でも、救命が困難である以上、救急搬送するかしないかにかかわらず、できる鎮痛はしてあげたいと思うのです。」と伝えます。呼吸困難にせよ、吐血にせよ、その予想できる大きなイベントに対する対処法を伝え、医療者もともにある姿勢を伝えることが支援の約束になるかなと思います。
話がなんだか大きくなってしまいましたがご家族から「もしかしたら亡くなってしまうのでは」というお話が出た場合、「何を今さら。そのつもりで退院してきたはずでは?」と思うような時もあるかもしれません。そのときでもまずすることは「もしかしたら・・って今おっしゃいましたが、そのご心配についてもう少しお聞かせいただけますか?」と「まず聴く」ことです。
すると「退院してきてから、安定・・・というか、上向きだと思っていたんです。でも、昨日から熱が出て・・。」みたいなことを言われることがあります。しかし医療者は退院してからずっとダウンヒル(症状がどんどん悪化している状態)だと思っていたのに「え????上向きだと思っていたの????」と驚くこともあります。ですから「まず聴く」ということは大切で、相手の思いを聴かずにこちらから認識をお話しすると、どんどん患者さんやご家族との溝が深まることになってしまいます。
死についての話題が出たときに「何かいいことを言わないと」と焦る医療者は多いと思いますが、何も気の利いたことは言う必要はありません。「まず聴く」「きちんと相手の許可を得てからこちらの認識を話す」ということをすれば大きな踏み外しはないと思います。そして悪い知らせを伝える時には「悪い知らせを聞くメリット~心の避難訓練になる」ということと「支援の約束」をしていただきたいなと思います。