在宅医療をしていると自分の専門科以外のことについても対応せざるを得ないこともあります。
もちろん「これは耳鼻科行って見てもらって」「これは産婦人科行って見てもらって」ということも多いのです。それは診察器具がないから診ることができないというのが言い訳ですが、深い穴の向こうの病変は基本的に専門の先生に診てもらってくださいということにしております。
本当は専門外のことは専門科の先生に見て欲しいのですが、それを言い出すと、私なんて麻酔科なので麻酔以外は診ることができなくなってしまいます。在宅で麻酔の専門の仕事というとペインクリニックだけになってしまいます。
そうは言っても麻酔科は手術室に来る患者さん皆さんを診察するので外科系の各科のことは広く浅く分かっていますし、お薬の名前も聞いたことはある、くらいの知識はあります。また手術室に来る患者さんのこれまでの病歴を調べてどういうリスクがあるかなども勉強しますので内科のことも治療のことまでは深くは知らないまでも、どういう状態はよくない・まずい、ということくらいはわかりますし、それまで出ている処方をどういう状態になれば変更が必要かということくらいもわかります。
そんなわけで、深い穴の向こうの病変以外は大抵診るようにしておりますが、神経内科や精神科などはなかなか難しいと感じています。それでも診ざるを得ないわけで、「よくわからないのですが」と言い訳しつつ処方などしております。

精神科のことではいろんな経験があります。基本的には専門の先生に受診、という流れです。統合失調症の方のように幻聴などがある場合には受診してもらっていますが、引きこもりその他の理由で受診してもらえないケースもありました。
最終的には入院、となり専門の先生の処方を受けて調子がよくなって本当に助かったと思うことも多いのですが、初期対応は在宅医がすることもおおいです。
精神科では特に鬱は命に関わる病気です。よく「うつは心の風邪ひき」などという表現をされる方がいらっしゃいますが、そんなことはありません。「心の肺炎」くらいな印象です。命に関わることもあります。鬱からの自死が怖いのは、ご自身で「死のう」と思っていなくても引きずられるように死に飛び込んでいってしまうところです。衝動的に死に引きずられてしまうのです。ですから鬱の初期の方には「電車を待つ時、交差点で信号を待つ時は奥の方に引き込んで待つように。そうでないと電車や車の方に引っ張られるように飛び込んでしまうことがある」という知識をお伝えしています。診療初期に対応することになる医療従事者の方にはぜひ知っておいていただきたい知識です。

統合失調症状がありつつ、専門医受診を拒否され続けてきた方が、鬱の急性増悪を併発されたことがありました。
この時の症状は命に関わる状態でした。引きこもりその他の理由でご自身で外に出ることができないので、自宅で刃物などを使う自死が強く懸念されました。ご家族がたまたまいらっしゃったので事情を話し、いつもお世話になる大変素晴らしい精神科の病院にお願いをして即日入院させていただきました。
即日入院、という展開にご本人もご家族も躊躇され、「明日ではダメですか」「今日突然はちょっと・・・」などのことを言われました。私は「チャンスは二度ありません。今日入院をおねがいして今日入院できるなんて滅多にありません。今日を逃すともう遅くなり命を失う危険性があります。」と強く説明しました。私はその患者さんに「お願いします。あなたを失いたくないのです。」とお願いし、病院に行くことを約束してもらいました。
この病院は本当に素晴らしい病院で、患者さんをお願いすると皆さん笑顔になって退院してこられるのです。そしてこの方もようやく専門医に診てもらって元気になって帰ってこられました。

最終的に専門科の先生に診ていただくにしてもそこにつなげるまでの初期対応はきちんとしないといけませんし、あれもこれもひととおりみることができるように修行中です。