お知らせ
穏やかな死を望む気持ち
ご遺族お見舞いに行って驚くことがあります。
それは「もっと苦しんでもいいから、何か言ってほしかった」「『しんどい』でも構わないから、起きていてほしかった」などの言葉です。
私の目から見ると「穏やかに苦しみがとれてよかったな」というように映るのですが、ご家族にはそう思えないようです。それは当然のことで、病状が進んで寝る時間が増えるまでは比較的元気に日常生活を送っていた人が、物も言わず、文句も言わず、ずっと寝てしまっているのは「いつもと違う」「その人らしいとはいえない」ということなのです。
それを理解するようになってから、私は鎮痛や鎮静の考え方が変わりました。もちろん痛みをとってあげたい、取り切れない苦しみがある時には眠るという選択肢を提示したいということに変わりはありません。しかし、鎮痛、鎮静で「しっかり苦痛をとる」ことにより「眠ってしまうことでご家族の苦しみがあるかもしれない」という説明をするようになりました。
「しっかり苦痛をとる」ことに異論を持つ人などいないでしょう、と思い込んでいましたし、実際にご本人もご家族も「しっかり苦痛をとってもらいたい」と思っているのですが、実際にその状態になると思いもよらないジレンマをご家族は持つことになるとあらかじめお伝えすることで、ジレンマを感じることが自然であることを知ってもらい、自分の感情に傷つくことがないようにしていただけるようになったのではないかと思います。
また、ご本人をしっかり眠らせるのではなく少し反応がある程度の浅い鎮静も検討すること、昼は浅めで夜はしっかりめの鎮静にするなどの調整ができるようにすることなども工夫しています。鎮静には個人差があるので調整に時間がかかり、残された時間が短い最終末の時期には結局浅い鎮静で終わってしまうこともしばしばです。それはいきなり深い鎮静にならないように気を付けているためなのです。いきなり深い鎮静にしてしまい、薬物の影響で呼吸が止まると私自身が深く傷つきますし、当然ご家族も自然の成り行きでの呼吸停止は容認できても薬物の影響での呼吸停止は望まないところだからです。呼吸がとまらないまでもいきなり深い鎮静になりその後まったくご本人の反応がないとなればご家族のお気持ちもつらくなることが予想されます。浅めの鎮静で「もっと眠らせてあげたい」とご家族が思いながら、徐々に深く眠れるように誘導していけたらと思っています。
穏やかな最期を希望する気持ちは大切な人を見送るご家族にとっては自然なものでありながら、苦痛一つないものの、ずっと眠っているという状態は、ご家族にとってはひどくつらいものでもあるという矛盾した気持ちについて、緩和ケアをする医療者として知っておかなければいけないと思っています。
痛みもなく、最後までおしゃべりをして、家族の前で眠るように亡くなる・・・・ということがないわけではないのですが、それはとてもまれなケースです。しかしそのまれな状態が緩和ケアを受ければ当然そのようになると考えている人も多く、対応が難しいものです。緩和ケア病棟で亡くなられた方のご家族がが「あんなところ行ったらあかんわ・・・。薬でどぶ漬けにされて最後はものも言わんと死んだわ。」などとおっしゃるのを聞いたことがあります。一生懸命苦痛を取ろうとした緩和ケア医の気持ちを思うと私は胸が苦しくなりました。もちろんそのご家族に反論などする気持ちはなく、自分が鎮静を実施する際にはご家族のお気持ちが傷つかないように、あらかじめお伝えすることが大切だなと改めて思った次第です。
穏やかな死を望む気持ちはご本人もご家族もそして医療者もすべての人が持っている気持ちです。しかし、まったく反応がなくなることについては医療者は重々配慮が必要な医療であるということを知っておかなくてはならないと思います。