ここのところ、同じテーマで患者さん家族が傷ついています。
傷つけているのが私でないように祈りますが。

何に傷ついているかというと「しょうがない」「仕方がない」「どうしようもない」という言葉を医療者(主に医師)から投げつけられて、あるいはポロリとこぼされて、それに傷ついているということです。

私は基本的には前医を悪く言わないようにしています。それは患者さんと一緒になって悪くいうと、患者さんの受けてきた医療を否定することになり、不満もあるけど前の医師と治療を頑張ってきたその全てを否定してしまう懸念があるからです。不満を聞くし受け止めるけど、あなたの受けてきた医療はそんなに悪いものではないよ、ただ、合わなかったみたいだから他の方法も考えてみましょうか、というスタンスです。

さて、その中で「しょうがない」「仕方がない」「どうしようもない」に傷ついたみなさんにはなんと言いましょうか。
私の答えはただ一つです。「そのお医者さんのいう通りです。」

そして付け加えます。
「ただ、どうしようもない状態の人って、どうすることもできなくて困っているので、言葉によって救われたり立ち直れないほど傷ついたりするので、言葉は大切に扱ってもらえたらよかったですよね。」

でも。

私の扱っている在宅医療は「通院できない患者」が相手です。通院できないという状態は遅かれ早かれ生物としては死を予感させる状態ということです。
死が近くなると自然の成り行きとしてどうしようもないことが増えてきます。

尿意が頻繁で5分ごとにトイレに行きたいという、でも、どうしようもない。
腫瘍が原因で熱が出る、でも、どうしようもない。
認知症が悪化する、でもどうしようもない。
腫瘍が増大してお腹が膨れて苦しい、でも腹水は穿刺して排出できるほどではなく、どうしようもない。
肝臓に転移した腫瘍が増大して破裂して腹腔内出血をする、でもどうしようもない。

どうしようもないことばかりです。
名医がいて、さっと素晴らしい解決策を出してくれるのではないかと通院できない患者を抱えてかなり無理をして専門医受診しても「これは仕方がないですね」と診察が終了する。
あるいは困って困って救急受診したのに特に何もできないと言われてしまう・・・・。

私の仕事は通院できなくなった人を診る仕事です。
無数の「どうしようもなさ」と付き合う仕事です。
かっこよくバシッと治療法を出して解決することはほとんどできません。
ですから「これはもうあるがままを受け入れるより他ありませんね」と言いながらおつきあいすることになります。

そう。
あるがままを受け入れるより仕方がない時期がくると、「医療による解決」が難しくなるのです。では、医療による解決が難しくなったらもう何もできなくて患者と家族は見捨てられるのでしょうか。
医療による解決が難しくなった場合は、ケア(お世話)によるサポートが(決して解決とは言えませんが)お役に立つと思われます。
私の仕事はこれらの無数のどうしようもなさに対し、医療での解決を目指すのではなく、対応を工夫することにより、いくらかでも不具合に付き合っていく方法を見つけていく仕事になります。これってお医者さんの仕事というより看護師さんの仕事に近いものと私は感じています。

その中でもお医者さんとして大切な仕事はお話をすることになるのではないかと思っています。
どうしようもないという医師の言葉を噛み砕いて説明し、医療での対応からケアでの対応からに軸足を移して行きましょうというお話をすること、これは看護師さんよりもお医者さんがするほうがいいと思っています。同業者がいうことですからね。
どうしようもないという言葉が患者さんやご家族をぐっさり傷つけてしまうことは私もよく知っています。
でも、そのようにしか表現できない、という状況です。ただし、このように医療での解決できない時期になると、ケアでの対応がとても大切になる時期であり、このケアの中には言葉による力というものも含まれているのです。
「どうしようもない」「仕方がない」これを私は「致し方がない」とか「いかんともし難い」などの表現をすることがあります。
同じですよね。
でも、同じことですが「どうしようもない」「しょうがない」「仕方がない」に含まれるやや投げたようなニュアンスよりもどのようにもすることができなくて困っているニュアンスの方がでている表現であると思います。

ケアの領域では言葉により救われたり傷つけられたりします。
「正しい」表現が「求められる」表現であるとは限らないのが難しいところです。
正しい表現よりも、叙情的な表現の方がうまく伝わることが多いように感じます。
「死ぬ」でなく「旅立つ」
「衰弱」ではなく「旅立ち準備」
「余命◯ヶ月」ではなく「残り時間は短めの年単位(あるいは長めの月単位など)」「桜の咲く頃まで頑張って欲しいと願っている」と願う気持ちで伝える
など。

どうしようもないことばかりの領域です。
先生方が治療して解決して患者さんやご家族の笑顔を得るような領域ではありません。
医者がかっこよくない領域です。

それでも、言葉の力で励まし、覚悟を導き、一番濃厚な時間を悔いの残らないように過ごすためのガイドができる領域であり、その在宅での悔いなき時間を過ごしたあとに見える景色は、病院勤務時代には見たことのない壮大な景色です。

医者がまったくかっこよくなくて、実は一番ご家族や介護士さん、そしてなにより看護師さんがスーパーヒーローな領域なのですが、医師がしっかりと方向性を定めてガイド役を買って出ないとヒーローたちがうまく機能しない領域でもあります。

話は最初に戻ります。

「どうしようもない」と言われて傷つけられて私のところに「流されてきてしまった」「見捨てられてしまった」と感じているみなさま。
どうしようもなさに、最後の最後まできちんとおつきあいしますし、どうしようもなさに対応する知恵をお伝えします。
見捨てられたのではなく、大切なあなたをケアで支える専門家に託されたのです。
どうか、ご安心していただきたいと思いますし、安心してもらえるようにこちらも精一杯を尽くします。