高齢者が自宅で療養中、「入院させたい」というご家族がしばしばいらっしゃいます。
理由をお尋ねすると「なんか最近弱ってきたし、このまま家にいるより病院に行った方がいいかなと思って」ということのようです。

ご家族がこのようにおっしゃるその理由としては
1.自宅なんかで(なんかで、とあえて強調しておきますが)ずっといたら悪くなってしまうんじゃないか?という不安
2.患者さんが自分でできることが減ってきて介護の手間が多くなり介護者がしんどくなってきている
………というところであるようです。

入院した方がいいのか?という疑問に対しては結論だけ言うと「いいと思わない」し「実際無理」なのです。
でも、結論だけぽーんと投げつけても、このように不安をかかえていて、疲れを感じている人に対してはキツいだけですから、ちょっといろいろインタビューをするように心がけています。

「なぜそのように思われるのですか?」→これにたいして上記1,2のような答えが返ってきます。
「なるほど、このままだともっと悪くなるんじゃないか、もっと弱るんじゃないかって心配なんですね」→そうです、というような答え。
「ご家族のご負担はどうですか?」→これに対しては「もう限界」から「私の負担は大したことはない」まで幅広い。

そこで「いいと思わない」ということと「実際無理」ということをお話しします。

「まず、現在の状態は『弱り』というものですよね。何か熱が出て、とか、痙攣して、とか、意識がなくなって、とかの急性の病気じゃないですよね。
慢性の、加齢による、『弱り』ですよね。
質問しますが、この『弱り』って、治せるものと思われますか?」

ここで、驚くなかれ、「治せる」と思っている人が、ずいぶんいらっしゃるのです!!
いやー、なんでも聞いてみるものですね。老化や弱りが治せると思っている人がいるなんて、医療従事者は思ってませんからね。びっくりです。

これを読んで「え!治せないの?」と逆に驚いている方もきっといらっしゃることでしょう。

はい、「弱り」は治せません。

もちろん、リハビリによって若干上向くことがあるのは事実です。実際におむつ生活だった方が、老健に入って手引き歩行でトイレに行けるようになった、などの報告は数多くあります。
でも、それはケアの力での改善であって、医療の力、すなわち投薬や手術などによって治癒したものではありません。

自分も病院で勤務していた身なので、あまり病院を悪くいうことは避けていますが、この部分だけはやはり言っておかなくてはいけません。
病院に入ると人は「病人」になります。
自宅で自分のことくらいはなんとかできていた人が、退院するときには自分で食事することができなくなってしまうことは日常的なことです。
病気を治す場所であるはずの 病院でなぜ状態が悪化するのでしょうか。
それは病院が投薬や手術等の処置をする場所であり、療養する場所とは言い難いから、なのです。
急性の病気、たとえば誤嚥性肺炎や脳梗塞や褥瘡の悪化などの急性の病気の時には点滴や集中的な処置が必要ですから入院することになります。その結果、肺炎が治ったり、脳梗塞後の血流の再開が得られたり、褥瘡部分の皮膚が治癒したりします。
一方で、患者はベッド上の安静を指示され、歩こうと思う時には安全のためナースコールを押すようにと指示されます。
トイレなど用事があるときならまだしも「ぶらぶらしたい」というようなことで多忙なナースを呼ぶことがためらわれます。
そうして患者さんは「病人」となります。

ですから、弱ってきたからと病院に入れると、「寝ていてください」と言われて、ますます弱ってしまうのです。
したがって「入院がいいとは思わない」ということになるのです。

また、現在国の政策で、入院期間を短縮するように誘導されています。
以前なら「寝てるばかりの老人」は病院に入院させられていました。私が研修医であった20年前には当たり前の光景でした。
入院の理由を尋ねると「社会的入院」というものが多くありました。社会的入院とは、医療的な入院の必要性はないが、家族に介護力がないために病院で引き受けざるを得ないという入院でした。

今は医療の必要性がない場合の入院は難しくなっており、介護 力不足による入院の場合にはあまり悪くいうと、当該施設にて勤務の皆様を傷つけてしまうので言いにくいのですが、自分の家族ならばあまり入院を勧めたくないような入院になります。
一つには人出不足、一つには「行く場所があればそれでいい」という社会的なニーズに応えているというところかと思います。

ですから、医療的な必要性がないのに入院する、ということは今となっては「無理」なのです。

では、弱りにたいする不安を抱え、介護者が限界を感じている場合にはどうすることがいいのでしょうか。

答えはいくつもあるのですが、ざっくりいうと「介護保険サービスを使う」ということになります。
ヘルパーの増回、デイサー ビスの増回などから始まり、ショートステイを定期的に利用する、老健に数か月入所する、など。
さらに同居自体が困難になってきている場合は老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、特養などに入所する、など。

これをスラスラ言われても、何がどう違うのか、わからず混乱すると思うのですが、要は自宅でサービスをたくさん使う、または一時的またはずっと介護施設に入所する、などの方策をうつということになります。

介護施設に入所って大丈夫?お医者さんがいるところでなくて大丈夫?と思われることでしょうけれど、医療の必要性が高いわけでなければ医師の居る施設でなくて大丈夫なのです。

先に言った通り、 病院では「寝ていてください」と言われ、弱りがどんどんひどくなり病人になってしまいますが、施設では「寝てばかりではだめですよ、さあ、起きて起きて」と手を引いて入所者が集まっている食堂に連れて行ってもらいます。トイレも時間ごとに声掛けしてトイレ誘導されるうちに手引きでトイレ歩行ができるようになります。

ですから、「弱ってきたから入院希望」と言われた場合には、最終的にはサービスの増回や一時的な施設入所を経て、永住できる施設入所をお勧めすることになります。

これまでの「病院に行っていれば安心」という考えはもう通用しない、ということ、そして病院側のスタッフ自身も「入院が長引くと弱ってしまう」と考えていて、施設に退院を 促進している医療機関があるということを知っていただきたいと思います。
もし、急性期の治療が終わった後、療養病棟に転院をすることが普通と考えておられる医療機関のスタッフ様は介護施設への入所を経ての在宅復帰を目指していただければなあと思います。