第4回
【尾崎容子】家族に「役割」を与えて「魔法の言葉」をかけよう
2020/3/11掲載分(有料記事のためそのままではなく一部改変しております。)

高齢化社会日本。2025年には年間150万人以上が死亡し、ピークとなる2040年には168万人が死亡すると予測される。介護や看取りは他人事ではない。そして、自分自身もいつかは迎える「死」。

もう積極的治療は難しく余命を考えるようになった時、あなたはどこで最期の時間を過ごしたいだろうか。

訪問診療医の尾崎容子氏は、人生の終末期を自宅や施設で過ごす人を支え、多くの人を看取ってきた。最期までその人らしく過ごせるように寄り添い、支える家族や周囲の人に「看取り勉強会」を開く。

「知らないことで不安になる。身体の弱りや死について、きちんと知識を持つことで不安は減ります」と語る尾崎氏の看取りのあり方とは。(全7回)
<予測していれば対処できる>
在宅医は基本的に、24時間365日対応します。でも、実はそんなに夜中に呼び出されることはないのです。
夜中に呼ぶのは、それだけ患者も不安になっているということ。それだけ不安にさせないように、患者さんにも家族にもせいぜい夕方までには行って診て、話をきちんとしておけば、夜中に呼ばれることなんてそんなにないんですね。
もちろん夜でも昼でも急変はします。そして、本当の急変なら私が行くよりは病院に救急搬送する必要があります。
救急搬送をする場合も、救急隊に丸投げではなく、まず自分で当該病院の救急科に連絡して状況説明して、受けてもらえるかどうか聞いてから搬送の段取りをします。受ける救急科のほうにも少しでも安心して受けていただけるようにFAXで情報を提供します。
でも、急変でなく身体の「弱り」の一つだったら、それは日中に解決してあげたり、そういう症状になるということをきちんとご家族にも説明しておきます。知識がないことが怖いのですから。
そうした救急搬送の可能性がある状況の人には、きちんと昼間のうちにそれも説明しておくのです。
「こういうことが起こるかもしれない」「次はこういう症状が出るかもしれない」「ここまで来たら、救急科にお世話になるかもしれない」と。
家族はもちろん心配だけれども、不安という感情は見通しのなさからくる感情なのです。
いい見通しだったら安心するし、悪い見通しの場合は覚悟に変わる。その起こりうる予測をしていると対処ができるのです。
だからこそ、「知識は力」だといつも言っています。

<在宅医療はチームだからできる>
在宅医療は、チーム医療です。
病院では医者が一番偉そうにしていますが、在宅医療では多職種連携で行なっていきますから、誰が偉いわけではありません。
訪問看護師さん、ケアマネジャーさん、ヘルパーさん、薬剤師の先生、歯科の先生らと患者さんの様子を共有したりする以外にも、認知症の団体や民間サービスなどと連携したり、一緒に勉強会を開くこともあります。
訪問診療医になってから、全国の同じ思いを持つ医師ともネットワークができました。
仲間には、棺おけに入る体験のセミナーや、介護食宴会のセミナーを開いたりする人もいて、もっと楽しみながら勉強していこうという動きも広がり、横のつながりもどんどん出てきました。
役割が限られていた大病院から離れて訪問医をやると、面白くてハマってしまう医師が多いと聞きます。
訪問診療医はまだまだ少ないのです。私一人で診ることができる上限はたぶん90人から100人くらいだろうと思っていますが、この患者人数は在宅医療を受けたいというニーズに比べれば実際にかかっている患者数としては多い数ではないと思います。訪問診療医はまだまだ足りないというのが実情です。

<「何でも知ってるドクターG」ではなく、「面倒見のいい医者」であるべし>
訪問診療医はジェネラリストなのですが、一般の医師が思うジェネラリストは「何でも知っている内科の医師」という印象があり、それが敷居を高いものにしているのです。
でも、私はそうではないと思っています。
何でも知っている医師ではなく、何でも相談に乗ってあげることができる面倒見のいい医師が適任です。そのうえで、専門領域の知識があると強みになります。例えば皮膚科や泌尿器科、耳鼻科など。
さまざまな症状に対応しますが、知識が多くなかったとしても、必要ならば専門の先生に聞いたり、病院に紹介することもあります。
地域のネットワーク、病院とのネットワーク、さまざまなスペシャリストから介護施設まで幅広く連携して仲良くするコミュニケーション能力と、患者さんのために骨を尽くすことに労を感じない面倒見の良さが何より大切です。

<「自宅で最期まで」6割希望>
日本人の多くは病院で亡くなるという話を最初にしましたが、実は約6割の人が「終末期は自宅で療養したい」と答えています(厚生労働省2008年「終末期医療に関する調査」)。
でも、「自宅で最期まで療養したい」と答えた人は10.9%程度だったのは、やはり家族の負担と急変時の対応への不安があるからです。
実際に療養するとなった場合、在宅と病院のどちらがいいと一言では言えません。それぞれに一長一短があるからです。
病院には治療を行うのに必要なスタッフと設備があり、ナースコールを押せばスタッフが来てくれます。
しかし、実は患者さんの気持ちが孤独に陥りがちで、病院には人がそばにいて、他人と比べてしまうからこそ「看護師さんが自分には来てくれない」とか「私にはお見舞いがこない」とか、孤独感が際立つのかもしれません。
在宅では、患者さんの家や介護施設での療養において、比較的患者さんの気ままが通ります。在宅ケアのスタッフは、気ままな生活を支えていくチームでありたいと思っています。
しかし、在宅の短所は、医療にも介護にも人的な限界があり、呼んでもすぐいつも来てくれるわけではなく、検査機器も揃っているわけではありません。
また、積極的治療を外来通院で受けながら、在宅ケアを受けている人もいます。
在宅ケアとは、家にいて受ける医療や介護のケアです。サービス付き高齢者向け住宅で受けるケアも、在宅ケアの一つです。
私たちが在宅医療で診ている方には、さまざまな病気の方がいます。がんの方、神経難病の方、心臓に不安を抱えた方、肺の病気で呼吸がうまくできない方、認知症、老衰、医療的ケアが必要なお子さんなど……。
それぞれの症状や状況によって、終末期まで自宅で過ごして迎える方もいれば、最終末期の直前まで在宅で過ごし、最後に入院する方もいます。
訪問介護、訪問看護、訪問治療などのサービスを利用しながら、ケアをして大きな体調の変化を避けたり、早期に発見していくことで、自宅で療養可能な人がほとんどなのです。
病院にいたら「患者さん」でも、在宅では「お父さん」や「お母さん」でいられます。たとえ寝たきりでも、その人らしくいられるのです。
<魔法の言葉をかけてあげて>
私はよくご家族に、「役割を与えてあげてください」と言います。
寝たきりなら「ちょっと犬を見ておいて」でもいいですし、「プレゼント贈ろうと思うけど、どのカタログがいいと思う?」と相談するだけでもいいです。体が少し動くなら、2〜3歳がやるようなお手伝いでもいいのです。
そしてその役割をしてくれたら、魔法の言葉を言ってあげてください。
「ありがとう、助かったよ」と。
これは、旦那様や奥様や子どもにもぜひかけてあげたい魔法の言葉です。ありがとうだけでなく、「助かったよ」と。相手に、「人の役に立てた」という誇らしい気持ちをあげる言葉です。
介護を受けている側の人でも、人の役に立ちたいのです。
役割がなくなるというのは本当につらいことなのです。認知症の方であっても、「お父さん」としての役割を持てるように「電話してきてほしい」とお願いしてみたり。「こちらから電話してあげる」ばかりがいいことではないのです。相手に「してもらう」ことを考えて、してもらったら、魔法の言葉「ありがとう、助かったよ」あるいは電話なら「ありがとう、お父さんから電話してもらってうれしかったよ」などを差し上げてください。